タイムトラベル

今日、タイムマシンという映画を見た。

内容や感想については後日映画のコンテンツの方にアップさせていただく。

んで、今日はバックトゥザフューチャーもTVでやっていたので、タイムトラベルというものについて俺の考えを語らせてもらいたい。

タイムトラベルってのはかなり昔から想像されてきた。

しかし、それを実現した人はいない。すくなくとも俺は知らない。

タイムトラベルというものを考えるにあたって、避けて通れない問題がタイムパラドックスだろう。

タイムパラドックスというのはタイムトラベルが引き起こす矛盾だ。

例えば、俺が過去に行き父と母が出会うことを妨害したとする。

すると、妨害した時点で俺の存在はなくなる。じゃあ出会いを妨害した俺は? 妨害した事実もなくなるのでは? そうすると俺は存在するわけで・・・・・

みたいな感じ。

そこら辺は映画に解決方法が出てるかも知れない。

しかし、そんなものはいけたらの話。

一番の問題点はどうやって行くかだ。

ラベンダーの香をかいだり、車に乗ったり、いろいろ考えられてきたわけだが、どれも実現は現時点では無理だ。

ためしにブラックホールに飲み込まれてみる?

この二つの問題からやっぱりタイムトラベルは絵空事だ。

そもそも時間というのは存在するのか?

時間というのは概念の中でしか存在しなく、本当はそんなものないのでは?

目に見えないものだけにその存在証明は難しい。

この仮説が正しいとしたら、タイムトラベルは実現不可能になってしまう。

人間は忘却する。それは時に美徳となり、欠点となる。

いやなことがあっても次第に記憶は薄れていくし、同じバカを繰り返してしまったりする。

そうやって少しずつ少しずつ不器用なまでに進化していくことが、人間の存在意義かもしれない。

タイムマシンに乗って過去に行き、過去の過ちを正すことは人間の存在意義を否定する行為なのかも知れない。

そんなことを言っても、机の引き出しからドラえもんが出てくるのを待ち望んでいたりするのだが・・・・・



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