ハンマー男
友達と遊んでいて、少し帰りが遅くなってしまった。家の前までたどりついた時にはもう夜の1時くらいだったろうか。
家の鍵をポケットの中から取り出し、ぼんやりとした明かりの中、僕は鍵穴を探した。 何気なく後ろを振り返る。家の前の電信柱の影に人影が見える。こちらを見ている? 不気味な感じがしたので、僕は少し急いだ。 「焦るな。大丈夫。」 僕は何度も心の中でつぶやいた。 実際、下手を打たなければ問題なかったのだ。きちんと柵も閉じてある。 奴が家の前までたどり着くのにひと手間。柵を開けるのにひと手間。 その間に僕は鍵穴に鍵を差し込み鍵を開け、扉を開き、開いた扉の間に身体を滑り込ませまた閉じる。 問題ない。逃げ切れる。 しかし、ここは何でもありの夢の世界。 鍵穴に鍵を差し込んだと思った次の瞬間には、僕はその不気味な人影と向かい合っていた。男だった。顔は見えない。 手には家の解体現場で使われるような巨大なハンマーが握られていた。 僕の家は男の背後に見える。 僕は逃げた。ひたすら逃げた。 頑張って走っているのだけど、奴の方が少し速いのか、僕のすぐ真後ろでハンマーがアスファルトを叩くガキーンガキーンという音がする。 追いつかれるのは時間の問題だった。僕の足はもつれだし思うように走れなくなっていた。 そんな時ドカッっという音がして、ガキーンガキーンという音も止んで、足音も聞こえなくなった。 恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには男が二人いた。 一人は地面に転がっている。手にはハンマー。どうやらこいつが僕を追いかけていた男らしい。こいつを『ハンマー男』と呼ぶ事にしよう。 もう一人は、転がっている男を見下ろす感じで立っている。手にはやはりハンマー。どうやら僕はこの人に助けられたらしい。この人は僕の『救世主』だ。 ハンマー男はもぞもぞと動いている。だが、立ち上がることは出来ない。 奴の左足の大腿骨は折れている。見なくても解る。 なぜなら、僕の手には大腿骨がゴキンと折れる感触が残っている。 そう。『救世主』は僕だ。 ここは何でもありの夢の世界。僕は何者でもないし何者にでもなる。 夢はここで終わらなかった。 『救世主』はハンマーを振り上げた。『ハンマー男』の折れた足に向かって振り下ろそうとしているのだ! 僕の手にはまだ骨の折れるゴキンという嫌な感触が残っている。あの感触はもう二度と味わいたくない。 そして、自分の骨が折れる感触も・・・・・・ 思わず僕は叫んだ。 「やめてくれぇ!! 『ハンマー男』も僕なんだ!!!」 何でもありの夢の世界。僕は何者でもないし何者にでもなる。 |